いざ出産(前編)


夜中の12時に布団に入った奥さんから
深夜2時頃に携帯電話に電話。
寝室からだ。


これは緊急のときの呼び出し。
昨日は深夜の4時に僕を起こしに起きて
きたのだが、動けないときは電話で呼ぶ
ことにしていたのだ。
昨日よりも痛いということだろうか。
一瞬で緊張が走る。


観ていたビデオもそのままに駆け付ける。


どうやら布団に入って2時間、痛くて寝る
ことが出来なかったらしい。


顔は疲れ切っている。
昨日は朝から図書館に行ったり散歩をした
りと、結構歩いて、身体は疲れているはず。
僕でさえも眠い目でビデオを観ていて、
いい加減に寝て、備えておこうと思って
いたところだった。


そう、二人とも1日が終わって疲れていた。


不規則だが、かなり短い間に痛みが起きて
いるらしく、10分間隔が何度か続いたので
僕を呼んだらしい。


いよいよ陣痛か?!
陣痛の間隔が一定になってくると本格的な
陣痛の始まりらしく、10分おきになったら
病院へ連絡しようと思っていた。


いよいよか。


寝室は寒いので、リビングに連れてきて
暖房をつける。
その間にも痛みがきているようだ。


僕は腕時計のストップウォッチで痛みの
周期と痛みの続く時間を計る。
普段、腕時計をはめるのは好きではないの
だが、痛みの間隔を秒単位でみたいので
ストップウォッチが便利なのだ。


時計で時間を見ていると、だんだん訳が
わからなくなるのでストップウォッチで
計るほうが間違いもない。
10かいくらい続くとさっき何分かを思い
出せなくなってくるからだ。


この数日は馴れない腕時計をして、
痛みの度に睨みっこが続いている。


動いたからなのか、また周期が不規則に
なってきた。
5分間隔になって、やばいと思った次には
20分くらいこなかったり、さまざま。


こんなときが一番判断に困る。
様子を見るしかないのだろうか?


奥さんはかなり痛そうだ、痛みがくる度に
時間を計り、腰をマッサージして傷みを
和らげる手伝いをする。
しかし見ていて痛々しい。


痛みの続く時間も30秒から90秒までと
ばらつく。
この痛みの時間も60秒になったらそろそろ
なのだ。
さすがに90秒も続くと痛々しく、病院へ
いった方が良いのではないかと思うが、
急に30秒になったりする。


この辺の判断が微妙で難しい。


昨日までのお腹の張りと痛みとは違うよう。
重い生理痛に近いという。
きっと陣痛の始まりには違いない。
あとは、周期が一定になってきたら確実
なのだが、なかなか定まらない。



あっという間に時間は過ぎる。
痛みの間隔を見るのに必死だったが、すでに
時間は4時近い。
考えたら1時間に5回も6回もやってくる。
二人とも陣痛なのかどうなのか分からない
この状況に焦りを感じ、不安になっていた。


もちろん僕は不安は出来るだけ隠していたが、
正直「今の状況は何?!」と誰かに問いただ
したい気持ちで一杯になりながら、奥さんには
「陣痛に気付かないかも、と心配をしていた
のは誰?」
などと笑いながら奥さんと自分の気を紛らわす
のに必死だ。


しかし、確実に奥さんは憔悴しつつある、
1日起きてたあとに一睡もする間もなくこの
状況だ。しかも痛みが10分前後でやってきては
寝れる訳がない。


奥さんは遠慮をしていた部分もあるようだが、
そんなことを言っている場合じゃない。
痛みが一定ではないので、もしかしたら陣痛では
ないかもしれないが、そろそろ見ていられない。
奥さんに病院へ電話して、行ってみようと言う。


病院へは奥さんが電話するように言われている。
そりゃそうだ、細かい痛みの状況は僕に分かる
訳がない。奥さんに電話をするよう促す。


急いで着替えてから電話することにした。
その前にトイレ、とトイレに行った奥さんから
「おしるしがあった〜!」
と声が上がる。


間違いない、いよいよだ。
陣痛もじきに本格的になるに違いない。
おしるしがちょうど4時くらい。


おしるしというのも出産の合図で、おりものに
血が混ざって出てくるのだ。
もう、誰が止めようと取りあえず病院へ連絡だ。
とはいえ、奥さんが電話しなくてはならない。


もう僕は気が気じゃなく、僕が電話して、
さっさと掛けつけたいくらいだ。



奥さんは着替えを済ませ、ようやく病院へ電話
を掛ける。
僕もとっくに着替え終わっている。



電話の向こうでは、助産婦さんが対応している
ようだ。
陣痛らしき痛みの様子とおしるしのあったこと
を伝えている。


奥さんは初産婦なので、まだまだ時間がかかる
はずだから様子を見てもらっても、というよう
なことを言われているようだ。
陣痛には違いないようだが、寝れたら寝て、
身体を休め、体力を貯えたほうが良いそうだ。


確かに、おしるしがあっても次の日とかになる
こともあるし、きっと今すぐではないんだろう。
けど、寝る事も出来ないから電話しているのだ。
病院は車で15分くらい。
来てもまた帰ってもらうことになるかもしれない
と言われているようだが、どうせ寝れないのだし
無駄になったも良いので行きたいと告げることに。


それは全く構わないということ。
行って診てもらったほうが状況が分かって安心も
するだろうと、すぐに向かう。
一応、荷造りをしておいた入院セットを携えて。


ーーーー


AM4:10
大急ぎで駐車場から車を出し、奥さんを乗っける。
深夜なので道は空いている。ガラガラだ。
これなら早く病院に着きそうだ。
急ぎながらも慎重に運転する。
こんな状況で事故ったらシャレにならない。
一生悔やんでも悔やみ切れないだろう。
深夜は暴走車がいそうで恐い。慎重に走らせる。


AM4:30
あっという間に病院に着いた。10分くらいか。
深夜の駐車場はいつもと違う裏手のほうだ。
急いで駐車して深夜緊急用の入り口を目指す。
この間も奥さんは10分おきくらいに激痛に襲われ、
休み休みでしか進めないが、限り無く急ぐ。
痛みのひいた時に小走り気味に急ぐ。


警備員さんに鍵を開けてもらい、産婦人科病棟を
目指す。
すでに消灯後の寝静まった病院も恐いとか考える
暇はないが、病棟に辿り着いてナースステーション
の灯りを見るとホッとする。
ここだけは稼働中といった感じだ。


AM4:40
さっそく内診をしてもらうことに。
僕は中に入れず、外で待つように言われる。
ポカンと時間が空いて、急に疲れている自分に
気付く。
奥さんが内診のために入った部屋の扉が見える
位置に腰掛ける。


意外と落ち着いている自分に少しホッとする。


トイレに行きたいと思い、トイレを探す。
近くには見当たらない。
案内板を見つけ、場所を探すと、結構離れている。
この場を離れたくないので、我慢することに。


意外と内診に時間が掛かっている。
といっても10分くらいか。
僕には永遠に感じる。トイレに行けば良かった。


どこか遠くから赤ちゃんの泣き声が聞こえる。
病院独特の機械音に混ざって聞こえる泣き声が
妙に落ち着く。
少し目を閉じて疲れを取ろうと試みる。
といっても少しの物音で目を開け、扉を見ては
まだ出て来ないのを確かめ、全然休めない。


シュコー、シュコーと聞き覚えのある音が聞こえ
てきた。恐らく赤ちゃんの心臓音だ。
うちの子だろうか?


AM5:00
ようやく奥さんが出てくる。
内診をしてくれた助産婦さんに説明を聞く。
どうやら陣痛には間違いないが、出産までには
まだまだ時間がかかるらしい。
子宮口は2〜3センチくらい。
月曜日の検診の時で1センチくらいだったので、
少しは開いているが、まだまだとのこと。
初産婦なので、ここから15〜16時間はかかる
ので、一度家に帰って休んだほうが良いとのこと。


奥さんは痛いには痛いようだが、あと15〜16時間
という目安がみえたので安心してか、幾分顔色も
良くなった気がする。
今すぐ産まれるってわけではないと知って、少し
落ち着いたようだ。
先が見えれば痛みも我慢できるとのことだったから
助産婦さんの言うように帰ることにする。


リハーサルは済んだ、という感じだった。
次は間違いなく本番だろうが、段取りは迷わずに
出来そうだ。
やや安心して家路につく。一応来てみて良かった。


AM5:30
15〜16時間後ということは、今夜の8時とか9時
とかだろうか、それも順調に行けばで、もしかしたら
もっと長引く。
いい加減に二人とも寝ていないので疲れのピークだ。
奥さんも寝てみる努力をするとのこと。
もちろん、まだ陣痛の痛みは定期的に襲ってくるよう
だが、気分的に我慢できるかもしれないとのこと。
痛さもだが、不安だったのもあったようだ。
取りあえず解散だ。


ーーーー


AM7:00
「痛くて我慢できない」奥さんが起きてきた。
時計を見る。
1時間半くらい僕は気を失っていたようだ。


どうやら奥さんは痛くて寝れなかったらしいが、
少しでも僕が寝れるようにと我慢していたらしく、
我慢出来なくなって僕のほうに来たらしい。
「もっと寝かせておきたかったけど、ゴメンネ」
って何を言うか、こんな時に。
なんでもっと早く起こさないかと思いつつ、
少しは回復しました。ありがとう。


取りあえず陣痛がきたら時間を計り、腰をさすり、
気が楽になるように励ます。
腰のマッサージは楽になるようだ。


AM7:15
分娩に備えて体力を貯えておかなければいけない。
体力が弱って陣痛が弱くなったりすると、分娩が
長引いたりすることもあるそうだ、だから少しは
寝ておかなければいけないのだ。
取りあえず、部屋を暖めて僕の布団に寝かせる。
陣痛の間隔は10分くらい、そのすき間で少しでも
寝るようにしなくては。


その前に腹ごしらえをしよう。
腹が減っては戦もできやしない。
奥さんも体力確保のために食べておいた方が良い。
トーストで簡単に食事を摂る。


慌ただしい食事だが、陣痛は相変わらず。
ただ少し間隔が空いてきたか、10〜15分くらいで
まだ少し不規則だが、少しは寝れるかもしれない。


外は日が出てきて、部屋も暖まってきた。
ここから暫くは、ただただ陣痛の間隔が短くなる
のを待たなければいけない。
しかし、二人とも体力と寝不足の限界だ。


陣痛がきたら奥さんは痛みに耐えてうずくまり、
僕は時間を計りながら腰をマッサージする。
だんだん機械的になってくる。
陣痛の合間は本当に痛くなくなって、陣痛がきたら
激痛が走る。不思議なものだ。
合間には二人してウトウトとしだした。


だんだん頭が朦朧としてきて、寝ているのか腰を
マッサージしているのか分からなくなってきた。
けど、しっかり時間は見ている。
二人揃ってウトウトとしてたと思ったら「イタッ」
の言葉を合図に陣痛を乗り切る作業。
後から思えば変な図だ。


AM10:30
だんだん陣痛の間隔が一定になってきた。
14〜15分で陣痛がきて、60秒くらい痛みが続く。
もう少し間隔が狭くなってきてくれると良いのだが、
と考えながら、まだ二人はウトウトしながら乗り
切っている。


AM11:00
いつまでも朦朧としている場合じゃない。
まだ眠いのだが、少しは寝れた。合間合間に。
意を決して起きてみた。着替えていつでも動ける
ようにと。
そして陣痛の合間を見計らって、奥さんの実家に
連絡してみる。お義母さんが電話に出た。
深夜からの経過と今の状況、もしかしたら今夜かも
しれないことを伝え、また連絡をすることに。
そして、昼飯のためにご飯を炊くことにした。
分娩の時に奥さんのためにおにぎりでも作っても
いいかもしれないと考えながら。


AM11:30
お義母さんから電話があり、様子を見に来てくれる
という。奥さんも少しは気が紛れるかもしれない。


PM12:00
お義母さんがやってきた。
励ましの言葉を戴き、奥さん相談と愚痴を聞いて
もらい、一度帰ることに。
病院に行くときはまた連絡をすることにして。


お義母さんが帰った後、昼食を食べることにする。
ご飯も炊けた。
しかし、奥さんは何にも食べれないとのこと。
おにぎりでも食べれないとのこと。
ご飯、炊き過ぎた。
冷蔵庫にあったチーズなら食べれそうと奥さんが
いうので、食べてもらう。少しでも食べてもらわ
ないと心配だから。
僕は適当にご飯を詰め込む。
きっと僕も体力勝負だ。奥さんのサポートの為に
しっかりしとかないと。
11時くらいまで断続的に寝たおかげで、僕は充電
が出来ていた。
よくあんな断続的な眠りでここまで回復するものだ
と自分でも驚く。こりゃ戦場でも生きていける。


お義母さんが来てくれたくらいから陣痛の間隔は
10分くらいになってきていた。
けど、奥さんは助産婦さんに、陣痛の間隔が5分
くらいになって、痛みが60秒くらいの良い陣痛が
来るようになったら来て下さいと言われたらしい。


良い陣痛ってまるで波をまつサーファーのようだが、
確かにそんな感覚なのかもしれない。
しかし、すでに60秒くらいの良い陣痛はずっと来て
いる。あとは間隔が5分おきになったら完璧だ。


PM2:00
お義母さんから電話がある。
もしかしたら、もうそろそろかと心配してくれてだ。
僕が逆算から2時〜3時くらいに病院に行くくらい
だと思うと話していたからだ。
今は間隔が7〜8分というところか、もう少しだ。


間隔が短くなるに従って、陣痛の痛みは強くなって
きているようで、だんだん腰をマッサージしても
痛みが誤魔化しきれなくなってきた。


お義母さんの電話をきったくらいから、また痛みが
酷くなった気がする。
時計を見ると、間隔も6分間隔になってきた。
もう少しだが、奥さんがもう痛みに耐えれないと
訴える。「もう病院に行く」と。
確かにこれ以上痛みが酷くなると動けなくなるかも
しれない。


痛いはずなのに、恐ろしい速さで奥さんは着替える。
もう気合だけで我慢して動いている感じだ。
僕も急いで準備を整え、いつでも飛び出せるように
する。
奥さんは病院に電話をし、あっという間に二人で
家を飛び出す。


空いている道を通って病院までまっしぐら、夜中に
比べても変わらない時間で突き進む。
奥さんはお義母さんに電話をしている。
もう少し家で様子をみて下さいと言われても、もう
帰らない決心をして、病院へ突入だ。


PM2:30
リハーサル済みなだけあり、スムーズに病棟へと
向かう。こんなに早く動く妊婦がいて良いのだろうか
といった勢いだ。
すかさず内診に入っていく奥さん。
また外で待たされる。


しかし、今回は早い。すぐに部屋から出てきた。
助産婦さんの話では子宮口が4〜5センチは開いて
いるから、このまま入院しますとのこと。


いよいよだ!!


ーーーー


続きは明日の日記へ。