誤魔化し笑い

朝っぱら。部屋の片隅で座りながら、なにやらこそこそと
熱中して何かをしている娘。何をしてるのかと覗いてみる。


娘の前にはカメラと眼鏡ケースが見える。それらを前に
娘は自分の指先を気にして見てる。両手の指先を合わせて
こすったり、爪の間を見たり。


そういや、カメラは電池を入れる部分の蓋が閉まらない、
テープで止めている。そのテープを触ってベタベタと
するのかもしれない。


視線に気付いたのか、ハッとした表情でこちらを見る娘、
一瞬、表情が固くなったと思ったら、ニコッと笑った。
不自然な笑いだ。ヨン様以上に不自然だ。目は笑ってない。
何かを隠そうと必死で考えている目だ。


何か悪いことをしているなとは思ったが、危ないことでは
なさそうだし、何より娘のテンパった顔が面白くて、
わざと見逃してみた。奥さんに報告に行く。


きっと奥さんと僕の会話にも聞き耳を立てていたこと
だろう。しかし、人間は一歳児のうちから誤魔化すための
笑いをするもんなのかと小さな感動があった。




しばらくしても、まだ何かしている。さっきと体勢は
変わっていない。また背後から覗きこんでみる。今度は
さっきよりも素早く気付かれた。ところが反応がまったく
違う。


熱中していたまなざしは不安で心配そうな目つきになり
誤魔化しの笑顔はもちろんない。スクッと立ち上がって、
「これ」とカメラを差し出してきた。


あっ、カメラの表面の塗装の一部に無数の爪の跡が。
爪で引っ掻いた跡がたくさん付いている。あーあ。


驚いてカメラの様子を見ている僕を不安げに見上げる娘。
目には涙がうっすら。取り返しのつかないことをしたと
自覚はあるらしい。いじらしいではないか。


僕はといえば、塗装がそんなに簡単に削れてしまうことに
驚いた。爪で削れちゃうんだと。これを一生懸命に削って
いたのですね。ずっと。


なんだか面白くて笑ってしまった。確かに褒められること
ではないので、「ダメだよー。これ直んないよー」と
注意をしながらも笑みがこぼれてしまう。


怒られることを覚悟していたかのようで、不安でいっぱいの
顔をして、今にも泣きそうな娘を見ていると、自分で
悪いことをした自覚はあるわけだから怒っても仕方がない。
注意はしつつ、許しちゃっている。


娘も怒られずに、爪の間に残っていないか心配そうにする
僕に、逆に戸惑っているようだが、戸惑いながらもホッと
表情が緩んでいる。慌てて違う話題を振ってくる。


しかし、細かく複雑な感情表現をするようになったものだ。
ますます一人前になってきました。