買ってほしい


連絡があった。在庫がなかったので予約注文をしていた
キッチンセット。もちろん娘の。木で作られた小さな
かわいいキッチンセットだ。
前々から奥さんは悩んでいて、ようやく決めた一品だ。


お店に取りに行く。支払いを済ませ、帰ろうとする。
小さいとはいえ、なかなかの大きさのキッチンセットを
袋に入れてもらい、受け取る。


娘がぬいぐるみを大事そうに抱えている。当然お店のもの。
レジの前で堂々と返してもらおうとするが離さない。


よくやると思うのだが、お店などに行くと「ほら、
ワンちゃんがいるよー」「プーだよ」「ミッキーだねー」
などと娘の気を引きそうなものを見つけたら教えてみて
手渡したりする。


今回はカメのぬいぐるみ。デフォルメして可愛らしく
頭でっかちになったもの。何となくニモに出てくる
小さなカメに似ている。


渡してみたらギューッと抱き締め、嬉しそう。この頃は
海の生き物が特に好きなようだ。ニモ効果。


それほど高くはない。だから良いといえば良いのだが、
キッチンセットを買ったところ。一度にいくつも買って
与えるより、一つ一つ買ってあげたい。確かめながら。
また今度、来た時にまだ欲しがったら考えよう。


「今日はこれを買ったからね」説明をして返してもらう
ように説得。なかなか納得しない。レジの前でしばし
説得を行う。少し恥ずかしい。


しぶしぶ手を離した。そしたらなんと涙を溜めて
泣きそうになった。


わがままで癇癪を起こして、駄々をこねるといった
泣き方ではなく、返したけれど諦めきれず悲しくて
たまらない。でも堪えて必死で泣くのを我慢している
といった感じ。


店員さんに話しかけられて人見知りの泣き方かなとも
思ったが、どうやら違うようだ。そんなに欲しいのか。


僕と奥さんは驚いて顔を見合わせる。こんな姿を見るのは
初めてだからだ。こんなに一つのおもちゃやぬいぐるみに
執着したことはない。


そこまでならと買ってあげる。嬉しそう。再びギュッと
抱き締める。とはいえ車に戻った頃は離すかと思いきや
帰りの車で、抱きかかえたまま寝てしまった。


何がそこまで娘の心を掴んだのかは分からないが、
恐ろしく気にいったようだ。いつもと違う娘に成長を
感じつつ、新たな一面を見て驚いている。