いざ出産(後編)


昨日の日記の続きで、29日の出来事です。


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PM3:00
いよいよ分娩室へ。
奥さんが希望していた“LDR”といった部屋へ行く。
L(陣痛)、D(分娩)、R(回復)が1つの部屋で
出来る部屋だ。


通常、子宮口が前回となる10センチくらいまでは
陣痛に耐えて、いざ分娩というときに分娩室へ
運ばれて、分娩台にのぼるわけだが、この部屋は
全て同じ部屋で行なうので、部屋の移動はない。
しかも出産後は2時間くらいこの部屋で奥さんの
体力回復を行なうらしい。
確かにそのほうが、奥さんの負担は減るだろう。


ちょうどお義母さんとお義父さん、そして奥さんの
妹さんも駆けつけて到着した。
お義父さんと妹さんは目のやり場に困っている様子
でもある。
まあ、お義父さんとしては娘の産気づいている姿
といったものは微妙かもしれない。
あと5〜6時間は掛かるだろうから、いよいよと
なったら連絡をすることに。


さっそく奥さんは分娩台の横にある簡易ベッドの
ようなものの上でうずくまる。ちょうど陣痛の
痛みが来たようだ。
家でやっていたように腰をマッサージする。


落ち着いたときに、家から持ってきたCDを掛ける。
家でも掛けていたのだが、陣痛時や分娩時に傷みを
緩和し、リラックスできるというCDだ。
赤ちゃんが胎内で聞いているような心音が曲の
バックに入っているので、赤ちゃんが落ち着く
効果があるらしく、妊婦さんもリラックスできる
らしい。
激痛に耐える奥さんの耳に届いているかどうかは
定かではないが、一応掛けておくことにする。


PM3:15
助産婦さんがやってきて、奥さんの身体に何やら
取りつけ、横に機械を置く。
途端に部屋に赤ちゃんの心音が部屋中に響く。
元気であることが分かって嬉しい。
機械では心拍数と陣痛の強さがグラフで出される
らしい。ウソ発見機のようにも見える。


CDに入っている心音と赤ちゃんの心音が部屋に
響いて、どっちがどっちかややこしい。
けど、いまさらCDを止めるタイミングを失って
しまった。


助産婦さんがいないときは奥さんの側によって
声をかけ、腰をさするが、結構助産婦さんが
頻繁に来てくれるので、やや手持ち無沙汰。


お義父さんと妹さんは一度家に帰ることに。
お義母さんだけ残ることに。
けど、お義母さんも僕以上に間が持たない様子。
とはいえ、僕はお義母さんの相手をしたいのは
やまやまだが、奥さんに声を掛けるので必死。


かなり痛そう。
もう祈るしかない。


時間が経つにつれ、助産婦さんが入れ替わり
立ち替わり来てくれるので、だんだん僕のする
ことが無くなってくる。
遠くから、痛みで朦朧とした奥さんを見守る
ことしか出来ない。
時間は刻一刻と過ぎていく。


PM4:00
奥さんの痛みは相当のもののようだ。
もう奥さんも訳が分からずに、助産婦さんの
言うがままに、呼吸法で力を抜いていきまない
ように頑張っている。


いきむのは分娩台に上がって、最後の最後の
時だけで、あとはいきまないほうが良いらしい。
ラマーズ法とかの呼吸法は力を抜く為のもの
らしく、それを一生懸命やっている。
しかし、激痛が走るのに力を抜けっていうのは
ひどく理不尽な話ではないだろうか。
「出来ない!」と言いながらも一生懸命に力を
抜く為に、必死で呼吸法を行なう奥さんが健気
である。その姿に少し感動してしまった。
ガンバレ!!


一度、子宮口の開き具合を見るからと、部屋の
外に出された。
部屋の外で一息をつく。僕もだいぶ力が入って
いたようだ。
けど、この間も奥さんは陣痛に耐えているのか。
ほんと男は見ているだけしか出来ないので、
もどかしい限りだ。


急に慌ただしくなる。
奥さんの子宮口は9センチまで開いてるらしい。
進行が初産婦にしてはかなり早いらしく、
助産婦さんたちも急に集まりだしてきた。


入室許可が出たので中に入り、奥さんに声を
掛ける。
頑張れというだけでは、なんか無責任に思えた
ので、子どもを手助けしてやってくれ、という
ような事を奥さんに言ったと思う。
そして、上手く呼吸法が出来ている事を伝え、
労った。
そして、助産婦さんが来たので場所を空ける。


しばらくしたらウロウロして、仕方なく意味も
分からず心拍と陣痛のグラフを神妙に眺める
僕に気付いて、助産婦さんが奥さんの近くに
僕の場所を作って椅子を置いてくれた。
ありがたい。
これで気兼ねなく奥さんの側で身体をさすり、
声を掛けていられる。


ますますお義母さんは間が持たない様子で、
見ているだけにも耐えれないよう。
部屋の外で待っているといって席を外して
しまった。
確かに、中で見ているのはかえって気の毒だ。


僕は必死で奥さんの腕をさすったり声を掛け
たりする。しかし、何を言ったかは、あまり
思い出せないのだが、時折、奥さんが小さく
頷いて返事をしてくれたり、手を握り返して
くれたのを憶えている。


「5時くらいには分娩台に上がれるかな」
助産婦さんが言い出した。


部屋に入ったのが3時だから早すぎないか?
もしかしたら超安産なのだろうか?
しかし、この痛がりようを見ていると、
時間は早くても安産とは思えない気もするが、
早いに越したことはない。


途中、シュコーシュコーと流れる赤ちゃんの
心音の合間にボコンと大きな音が聞こえる。
何だろうと不安になる前に、奥さんが
「破水した」と叫ぶ。
ちょうど助産婦さんがいないので、、慌てて
呼びにいくが、本当に優等生な進行具合だ。
前駆陣痛があり、おしるし、陣痛ときて、
破水して、子宮口が全開になる。
なんて律儀な子なんだろう。お利口すぎる!


PM4:50
いよいよ分娩台へ上がることに。
簡易ベッドからすぐ隣の分娩台に上がる。
僕も奥さんの手を握ってついていく。


PM5:00
もう子宮口は全開に開いているらしく、
陣痛もいよいよラストスパートな感じ。
僕も必死で、けど落ち着いた声で奥さんに
話し掛ける。内容は憶えていない。


PM5:05
助産婦さんが「いきんで!」と奥さんに
声をかける。
やっと力を抜かずにいきめるらしい。
この頃、いつの間にかお医者さんもやって
来ている。女医さんだ。


奥さんには鼻に酸素を注入す管が付けられ
て、「鼻から息を吸って」と言われている。
波が来たら息を止めていきんで、合間には
酸素を鼻から吸って、赤ちゃんに酸素が
行くようにする。


しかし、何とも息がつまる。
僕は側で「がんばれがんばれがんばれ…」
と呪文のように口にしながら、なぜだか
一緒に踏ん張っている。
ここでオナラをしたらひんしゅくだろうな。
誰も気付かないかも。


実際は、この特殊な状況で僕はわけ分からん
ようになっていた。
もう、どういう状況なのか。
何なんだろうこれは?
人が人を産むって凄いことだと実感する。
壮絶なんだけどプラスのエネルギーが流れて
大人たちがみんなで目の前のことに集中し、
必死で動き回ったり、いきんだり、声を掛け
たりと、みんなが子どもの為に。


けど、もう僕はわけの分からんようになって
いたと思う。奥さんもそんな感じだった。


そんな中、心音にボコッと聞こえたかと
思ったら「蹴った」と奥さんが声を漏らす。
出てくる寸前だというのにまだお腹を蹴る
とは、一瞬にして場が和む。束の間だが、
一瞬で空気を変えてしまうとは素晴らしい。
赤ちゃんも一生懸命頑張っているんだろう。


PM5:10
詳しい状況は分からなかったが、その場に
緊張が走る、なんか緊迫した状況になって
いるらしい。
女医さんが「○○さんを呼んで!」と叫んで
いる。次々と助産婦さんが集まってくる。


奥さんは鼻へ酸素を送る管から、口まで覆う
酸素マスクにグレードアップをしている。


それほど大きくない装置が用意され、分娩台
の横に置かれ、すぐ使えるように準備して
いる。管が付いている。何かを吸うのかな?
一体、何に使うのだろう。


すぐに女医さんが呼んでたらしき人がやって
くる。
「赤ちゃんが出難そうだから上から押すね」
といって、分娩台の横に台を置いて、乗った
と思ったら奥さんのお腹を押し出した。
それも生半可な押し方ではなく、ちょうど
心臓マッサージのような感じで両手を重ねて
お腹の上に当て、全体重で押し始める。


「何をするんだ」と思いながらも、緊迫した
雰囲気が今それが必要だからやっていると
いうのを教えてくれる。
不思議と奥さんはあまり痛くないらしい。
後から聞いても痛くなかったらしい。
このくらいの状況だと脳内麻薬が出て来て、
痛みの間隔が遠のくというが、そのお陰で
あるのだろうか。


そんな勢いで押してもまだ出てこないらしく
女医さんが慌てているのが分かる。
いつの間にか助産婦さん、女医さんなどの
スタッフが増えている。
最初は1人、2人だったのに、いつの間にか
7人くらいで僕や奥さんを入れると9人が
分娩台のところに終結。
この中で一番役に立っていないのは自分に
違いと、やや落ち込んだりするが、実際は
そんな暇もない。
しかも僕以外が全て女性。スタッフが全員
女性というのは、ちょっと安心する。


女医さんがハサミを持っていた。
会陰切開というやつだろう。
赤ちゃんがなかなか出て来ないようだ。
子宮口は柔らかくなっているようなことは
言っていたので、切らなくてもいいかと
思っていたが、入り口をチョキンチョキンと
2回ハサミを入れていた。


PM5:12
するとすぐに生まれた!!
頭が見えた、と思った瞬間から徐々に
スルスルっと女医さんが引っ張るにまかせて
滑り出してきて、やがて全身が見える。
女の子だ!!


頭を見た瞬間、「デカッ」と心の中で唸って
しまった。
たぶん普通なんだけど、自分の予想を超えた
大きさのものが奥さんの足の間から出てきた
のだ。立ち会って状況を見ていながらも、
あんな大きなものが人間から出てくるとは
信じがたい。
そんだけ大変なことなんだと改めて実感。


赤ちゃんは白っぽい膜に覆われた感じで、
青白い感じだ。顔は幾分赤らんでいる。
白っぽいのはたぶん脂膜だろう。


全身が出てきたか出てこないかで、素早く
横に用意された装置の管が赤ちゃんの口に
運ばれた、口の中のものを吸いだしている
ようにみえる。
するとすぐに泣き声を上げた!
よかった、無事だ!
泣き声を聞いたらホッとした。産声だ。


奥さんに声を掛ける。なんて言ったら良い
のか全く分からなかったが、ほんと良く
頑張ってくれた。ありがとうという感謝の
気持ちで一杯だった。
生まれた瞬間に奥さんはホッとしたような
安らかな優しい顔に変わっていた。
すでにママの顔かもしれない。
本当にご苦労様。


その後に出てくるへその緒があんなに青い
ものだとは知らなかった。
青くて薄いビニールが巻かれた管で、
配水管の管だと言われても納得してしまい
そうな風貌だ。


助産婦さんの手でへその緒が切られ、体の
水分をタオルで拭かれる。
体の周りを拭かれ、泣いたからか、少し
血色が良くなったように見える。
最初、手足がいかにも酸素不足な感じだった
ので心配だったが、ちゃんと動いている。


一通り拭かれると、すぐに奥さんの胸の上に
運ばれ、奥さんに抱っこされる形になる。
この病院では産後はすぐにママに抱かせて、
このままママの体力回復も兼ねて2時間くらい
一緒に時間を過ごすのだ。
赤ちゃんも引き離されないので安心する。
不思議とピタリと泣きやんで、ママの胸に耳を
当ててスヤスヤと寝だした。


奥さんも安心したような幸せな顔つきだ。
5時12分ということは、この部屋に来て2時間
くらいで生まれてしまったわけだ。
むちゃくちゃ早いではないか。
どうやら助産婦さんたちは日付が変わるくらい
かも、と話していたらしく、初産婦とは思えぬ
早い進行だったようだ。


赤ちゃんはスヤスヤと寝ている。
なんて気持ち良さそうに寝ているんだろう。
そして、なんて可愛いのだろうか。
自分の子どもだったら猿が生まれてきても
可愛いと思えるのだろうが、全然猿なんかでは
なくて、結構整った良い顔をしている。
親バカじゃなくても結構いけてるのでは?
とまさに親バカになってしまう。


奥さんはといえば、そのまま分娩台の上で、
産後の処置をしてもらっている。
胎盤とやらが後から出てきたのだが、これまた
へその緒のように青いビニールで覆われたよう
な風貌で、予想以上に大きい。こんなに大きい
ものが子どもと一緒に入っていたとは驚きだ。
その後、切開した部分を縫ってもらっている。


そのときの女医さんの話では、どうやら最後は
赤ちゃんが出口のところで頭がつっかえていて
出れなくなっていたらしく、急遽、上から押し
たり会陰切開をしたりとしたそうだ。
子宮口の中は柔らかかったが、一番外の部分が
固かったのだそうだ。
しかし、そのため赤ちゃんに酸素が行かない
状態が続いて、心拍数が落ちてきていてしまった
そうだ。
直前に奥さんが酸素マスクをしていたのは
赤ちゃんに酸素を送る為だったのだ。


そうか、ちょっと危険な状態だったのか。
よく無事に生まれてきた。そして産んでくれた。
女医さんはハサミを大きく入れ過ぎたと、謝り
ながら、一生懸命に苦労して縫い合わせている。
いえいえ、お陰で無事に生まれたのですから、
とこっちが頭を下げたい程だ。


しばらくしてから少し、奥さんから離して、
体重や身長を測る。
3396グラム、52センチだ。
予想よりも少し大きめだった。平均よりも大きい
はずだ。
やっぱりママから離れると思いっきり泣き出す。
ママに抱かれているのが安心するんだな。


お義父さんと妹さんも再び到着。
思ったより早くてびっくりしたことでしょう。
側にいてもびっくりしたのですから。

みんなでママ似かな、などと言いながらしばし
赤ちゃんを囲んで時間を過ごす。
なんて幸せなひとときなんだろう。


PM7:30
病室へ移動して、今日から奥さんは入院生活だ。
生まれて初めての入院ということで心細いよう。
退院は1/4。てことは12/31の奥さんの誕生日も
正月の三が日も病院で過ごすことになった訳だ。
気の毒だが仕方がない。
正月も何もあったものではないという気分で、
僕も正月気分なんかではない。


すでに赤ちゃんに降り回され、おろおろしている
奥さん。今晩はちゃんと寝れるのだろうか?
この病院は新生児室がなく、生まれて、問題が
なければ、その日からママと一緒の病室で退院
まで過ごすのだ。
余計に奥さんが休めるか心配だが、赤ちゃんに
とっては一番良いシステムらしい。


僕はお義父さんから買ってもらったマクドナルド
の袋を持って帰ることに。
寂しい気もするが、退院まで毎日入り浸ることは
間違いない。


PM9:00
後ろ髪を引かれながらも家路につく。
しかし、昨日から長い戦いだった。
クタクタだったが、奥さんはそれ以上だろう。
少しでも寝てくれると良いのだが、今日は特に
寝れないかもしれないと心配だ。
とはいえ、僕は帰ってマックのハンバーガーを
食べたら服を着たまま曝睡。朝までそのまま
だった。


長い1日だった。
みなさん、お疲れさま。